2011年5月8日

モンスター被災者

東電社長の福島訪問のニュースを見ていて、土下座のシーンでふと思ったのが、この世の中何でもモンスター〇〇の存在があるのだから、もしかしてあるのかな?と思い検索したらやっぱりヒット、「モンスター被災者」。
勿論極々少数の人であろうことは十分に承知しているのだが、とても残念な気持ちになったことは否めない。

震災後1ヶ月ほどたってからどこかの記者が人里はなれたメディアが足を運ばないような小さな被災地に、老人ばかりでほとんど犠牲者もなく生存している様子を取材した記事があった。その村の方々の様子は記者が訪れたことを手放しで歓迎して、感謝している様子が描かれていて胸が熱くなる思いがした。

犠牲者が少なかった分、悲しみにくれる精神的な抑鬱が他の被災地に比べたら少なかったのかもしれないが、それでも家を失い、財産を失った点では変わりがない。なのにそこの方々はおおらかでたくましく、他者への非難に明け暮れている様子は微塵もなかった。

それに対して、あの「土下座しろ」の怒声のシーン。あまりにかけ離れたリアクションの違いにショックを受けた。
日常の全てを奪われたのが天災よりむしろ人災といわれる原発からみの被災者だけに、怒りの矛先が東電に向けられることは自然な思考だとは頭では理解しているつもりであるが、他人を尊重することを既に忘れ、怒りに駆られた行為しかもはやできなくなるのであれば、この先の問題解決への対処をむしろ困難にしていくばかりではなかろうか。

たとえ自分が窮地に立たされた場合でも、自分は他者への感謝の気持ちは忘れず、謙虚でありたいとつくづく思わされた一件であった。

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