2011年4月11日
ドミンゴと海老蔵
ドミンゴ「日本に行くな」振り切り「故郷」
http://www.asahi.com/showbiz/nikkan/NIK201104110026.html
市川海老蔵、復帰コメント「精一杯舞台を勤める」 出演料は義援金に
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110411-00000301-oric-ent
似たような行動を扱った二人の芸能人についての二つの記事。前者には被災者や日本への愛を感じるのに対して、後者は売名行為や言い訳の匂いがするのは意地悪な受け取り方だろうか。
国外ではとりわけ日本の放射線による汚染イメージは払拭することができていない。できれば日本から離れていたいのが心情だろうに、渦中に飛び込みそして救済活動を行う。これは幾重にも深い意義がある。この後ますます訪日離れが加速することが予想されているが、著名人による訪日はそんな流れにも一石を投じることができるのだ。その行動は崇高で、とても深い敬意を感じる次第。
対して海老蔵氏。無期限の謹慎中の身でありながら、パニックを煽るメディアの報道に乗っていち早く自身は都心から非難、その先では飲料水の買い占めまでしていたそうな。まずその行為が卑劣極まりない。世の中の混乱に乗じた復帰と言われて否定はできまい。「その舞台復帰の出演料を被災地への義援金として全額寄付させて頂きます。」とのことで、常々感じていた「寄付」ということに対する不信感が自分の中で一気に吹き出した。
まだ行っていない寄付活動を事前に宣言すること。このことに対する不信感。しかもギャラがいくらかなのかは公言されているわけでもないので「全額」と言われても誰も知りえないし、ましてや本当にそのような寄付が行われるかどうかさえ誰も確認できない。
著名人による寄付額を公言することは、確かに一般社会に与える影響力を考えると意味のないことではない。ただ、売名行為や広告的意味合いを感じる場面も見受けられて、それについてはとても不快な気持ちになる。著名人や企業にとって消費者に好印象を与えることを考えるとある意味これらの寄付は広告費と捉えると庶民が考えるほど身を切る思いをしているわけではないのではないか。そんなひねくれた受け取り方もできるわけだ。
そういった意味では、宮崎駿氏や北野たけし氏のように、寄付は黙って行うものと公言している方がむしろ潔くてウソがないのではなかろうか。もちろんそのような考えをしている方々が被災者への思いが欠けているということではなく、悲しむ気持ちや救済への思いは強く持っていることがあちこちの記事の端々からうかがえる。
国民が痛みを分け合うという点から最善なことはやはり特別税の導入以外には考えられない。あくまでも公平に、社会全体から必要な費用を捻出するにはそれ以外の方法は考えられない。ただ、税金という言葉になると、今度は政府を疑い、使途不明を理由に反対の声があがるわけだが…。
一方日本赤十字はその募金額の収支明細を明らかにすることが果たしてできるのだろうか。
これだけ社会的に注目されている以上、それは是非とも行うべきであろうし、そうすることによってより社会的信用を持った組織になっていって欲しい。
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